日常にある様々な音

私の好きな作家のひとり、幸田文の小説に「台所のおと」という短編の小説があります。文庫本で50ページにも満たない短い小説です。

病床に伏している佐吉が、障子一枚隔てた台所で料理をしている妻のあきのたてる静かな音を追いながら慰められる気持ちでそれを聞いている。
いつも聞いているから、今洗っているのが三つ葉なのかほうれん草なのかの区別もつくし、その作業を後に何をするのかも手に取るようにわかる。
佐吉は元々料理人であるから妻に料理のことを仕込んだのだろう。
妻がたてる音を自らの音に重ね合わせているのかもしれない。
ある日、あきの調理作業でたてる音が変わった。元々大きな音を立てていなかったが、余計に小さくなった。
その音が佐吉には「冴えない、いやな音に聞こえる。 水でも包丁でも遠慮っぽい音をさせているように聞こえる。これじゃ味も立っていない」という。
それは(無意識なのだろうが)医者から夫の病気は治らないと聞かされたときから…

生活そのものの音や自然の音を積極的に暮らしの中で感じる。


昔から小説やテレビドラマの一場面で、朝キッチンから聞こえてくる『トントン』という包丁の音や、トーストが 出来上がった時の「チーン」という音で目を覚ますシーンは容易に思い浮かべることができます。
他にも考え事をしている後ろでピーピーケトルが沸騰したことを知らせる音、中華料理屋で炒め物をしている時にフライパンとお玉が当たる時の金属音などキッチンから聞こえてくる音などはなぜか舌を刺激するような音に聞こえます。

キッチンばかりでなく、日常生活には様々な音が存在します。
イマドキはテレビやラジオ、オーディオからの音が大部分を占めているでしょうが、そればかりではない、生活そのものの音や自然の音を積極的に暮らしの中で感じることができます。

それが豊かな生活と言えるのではないでしょうか?

キッチンマイスターは、キッチン本体やその周辺のことはもちろんしっかりと学んでますが、キッチンを取り巻く環境や、成り立ち、感じ方なども学んでいます。皆さんのキッチンに対するこだわり、思いの丈を存分にぶつけてみてください。

きっと満足いく答えを出してくれるはずです。

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和田 浩一
その類稀なるデザインセンスで「キッチンを武器にした提案」をし、数々の施主をがっちり魅了し続けているインテリアデザイナー和田氏。 2009年度グッドデザイン賞(株式会社INAXと共同)や、住まいのインテリアコーディネーションコンテスト2013(2013 経済産業大臣賞)その他受賞歴多数。「キッチンをつくる―KITCHENING」ほか著書も多数。